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クナッパーツブッシュの豪快な名演集
ボックス全体の曲目はこちらをご覧ください
4回にわたって採り上げてきたウィーン・フィルのライブボックス特集も今回で最終回。トリは、ウィーン・フィルから最も慕われた指揮者、ハンス・クナッパーツブッシュに務めてもらいましょう。このボックスでは次の3枚が聴けます。
Disc 02
● ブルックナー:交響曲第3番ニ短調
指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ
録音:1960年2月14日、ウィーン・ムジークフェラインザール
Disc 03
● R.シュトラウス:交響詩『死と浄化』 op.24
● R.シュトラウス:アルプス交響曲 op.64
指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ
録音:1958年11月9日(死と浄化)、1952年4月20日(アルプス)、ウィーン・ムジークフェラインザール
Disc 08
● シューベルト:交響曲第9番ハ長調 D.944『グレート』
● フランツ・シュミット:ハンガリー軽騎兵の変奏曲
指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ
録音:1957年10月27日、ウィーン・ムジークフェラインザール
※すべてモノーラル録音
ハンス・クナッパーツブッシュ(1888年3月12日 – 1965年10月25日)は、フルトヴェングラーやアーベントロートと肩を並べるドイツの大指揮者です。戦前からその実力は高く評価され、数々の主要ポストを歴任。戦後も長く活躍し、同世代の巨匠が50年代に次々と世を去っていく中、60年代まで生きたおかげで、数々の優れたステレオ録音を遺すことができました。
特に、デッカやフィリップスにワーグナーの超優秀録音が遺されたのは、奇跡としか言いようがありません。
ワーグナー: 舞台神聖祝典劇「パルジファル」 (1962年録音)<タワーレコード限定>
ところで、クナッパーツブッシュの描き出す音楽は、デフォルメの限りを尽くした爆演というイメージがありますが、実際は構成が巧みで、特にオペラでは歌手の負担を十分に考慮したり、オケの各奏者が最高のパフォーマンスを出せるよう、十分な配慮を尽くしていました。
そのあたりの特徴を、実際にクナッパーツブッシュの実演に接した吉田秀和さんはこう書いています。
ここでの彼も、名歌手たちに付き合ってつきあって、辛抱強いところを見せている。その中で、特に私たちに強く印象付けられるのは、細部では歌手たちに近寄り、妥協していても、音楽からの緊迫感、緊張をつくるとなると、いつも、彼が大きく支配していることである。いや、これはこの楽劇の開幕に先立つ前奏での低音の進行が、まるで何か巨大な自然の力の爆発ででもあるかのように轟きわたる、その時の剛直さというか、豪快さというかで、すぐに十分に予感されるところである。
吉田秀和:著/世界の指揮者 p.141-142
すなわち、クナッパーツブッシュは叩き上げの劇場指揮者であったということでしょう。実際、クナッパーツブッシュの指揮の舞台では常時、素晴らしいパフォーマンスを出せるのに、フルトヴェングラーやカラヤンの場合は指揮者の支配が強すぎ、共演したくない、という歌手が少なからずいました。
チームに最適な環境を与えながら、肝心かなめの音楽の核心は自分の表現を徹底して表出する。これは、指揮官として最高に有能の証で、こうしたわざは一朝一夕にマスターできるものではありません。
いずれ採り上げますが、爆演指揮者と思われがちなクナッパーツブッシュが、「パルジファル」ではその崇高な世界をひたすら真摯に再現しようと配慮の限りを尽くしており、再生ボタンを押した瞬間から聴き手がモンサルヴァートの霧深い森の中に誘われるのは、まさにクナッパーツブッシュの類まれな統率力の賜物と言えるでしょう。
さて、そんなクナッパーツブッシュですが、交響曲のジャンルではブルックナーを大変得意にしていました。このボックスでは第3交響曲が採り上げられています。ちなみに使用版は、悪名高き改訂版です。
ご存知の通り、ブルックナーの交響曲は当時の聴衆に受け入れられず、彼の弟子たちによって聴衆にウケるよう、大幅小幅な改変が加えられました。それらを改訂版と呼びます。
ちなみに、その弟子たちとは誰であったかというと、ひとりは戦前のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に君臨した大指揮者、フランツ・シャルク(1863年5月27日 – 1931年9月3日)。もうひとりは、ウィーン交響楽団を設立したフェルディナント・レーヴェ(1865年2月19日 – 1925年1月6日)です。
50年代であれば、すでにハースやノヴァークと言った有能な研究者による緻密な原典版が出ていたはずですが、ウィーンで絶大な権威を持っていた先輩指揮者らの演奏スタイルを重んじたのか、クナッパーツブッシュやフルトヴェングラーは好んで改訂版を使っています。
改訂版はカットが多く、オーケストレーションもブルックナーのオルガンのような荘重な響きがワーグナー風の派手なサウンドに変化しており、本来ならとても聴けたものではないはずなのですが……。
しかし、ここでのクナッパーツブッシュの演奏は版の問題などどうでもよくなるくらい堅実でスケールが大きく、黄金期のウィーン・フィルの玲瓏なサウンドも楽しめるなど、まことに素晴らしい演奏に仕上がっています。とりわけ第3楽章なんで、本来は武骨なスケルツォのはずですが、滴るような弦楽器の美しさに惚れ惚れしてしまいます。
次の、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」他を収めたディスクについては、以前じっくり書かせて頂きましたので、そちらをご参照ください。
最後は、シューベルトの「グレイト」です。何となくどういう演奏になるのか想像がつきますが、果たして想像通りの演奏になっております(笑)。
冒頭、客席の拍手が鳴りやまぬうちに我らがクナッパーツブッシュはタクトを振り下ろし、有名なホルン旋律が会場に鳴り響きます。その後もせかせかしたテンポで落ち着きませんが、オーボエが吹き始めたあたりからゆったりし始め、やがて堂々とした風格に満ちた演奏が繰り広げられます。コーダなんて、いかにもクナッパーツブッシュらしく、自由そのものです。
2楽章も他の演奏では聴かれないような旋律やパートの強調があり、何度もハッとさせられます。さらに中間部がこれまた美しく、儚い時間が夢のように続き、最後は切なさを残して終わります。このような演奏はちょっと他に思い当たりません。
そして滑るように流麗な3楽章、思いっきりアクセントをつけて始まる4楽章はこの指揮者の本領発揮。テンポは自由自在で表情は愉悦に満ちており、悪く言えば退屈な旋律の繰り返しでもあるのに決して飽きさせません。
ラストは恐るべきテンポ・ルバート、主題を豪快に引き延ばし、堂々と全曲を終結します。終演後の割れんばかりの拍手も至極もっともと言えるでしょう。